8月終わりからデング熱という聞きなれない病気が世間を賑わしました(厚生労働省の第一報は8月27日)。同時期に致死率の高いエボラ出血熱の報道もあったことから(こちらは一向に収束する気配はなくむしろ拡大の様相をみせています)、何か新たな恐ろしい伝染病がこれから流行するような印象を持った方もおられたかもしれません。デング熱は、デングウイルスが感染しておこる熱性疾患で、突然の高熱で発症します。感染源となる蚊(ネッタイシマカ:日本には石垣島や西表島以北には常在しない、国内ではヒトスジシマカ:秋田県および岩手県以南に分布)は、デングウイルスを保有している者の血液を吸血することでウイルスを保有し、この蚊が非感染者を吸血する際に感染が生じます(蚊媒介性)。ヒトからヒトに直接感染することはなく、感染しても発症しない無症候性感染は50~80%とされています。2~15日(多くは3~7日)の潜伏期間(症状が出ない期間)を経て、急激な発熱、頭痛、眼窩痛、顔面紅潮、全身の筋肉痛、骨関節痛、嘔気・嘔吐などを認めます。発症3~4日後に体幹から始まる発疹が出現し全身に広がります。通常は1週間程度で回復する比較的予後良好な疾患ですが、ごくまれに発熱4~5日でショックと出血傾向を主症状とする重症型デングとなります。重症型デングは放置すれば致命率は10~20%に達しますが、適切な治療により1%未満に減少させることができます。ということで基本的にはそれほど恐れる病気ではありません(但し、症状はかなりつらいようです)。国内の媒介蚊であるヒトスジシマカの活動時期は5月中旬から10月下旬であること、またヒトスジシマカは卵で越冬しますが(卵越冬)、その卵を通じてデングウイルスが次世代の蚊に伝播した報告はないことから、今回の流行は間もなく終息するものと思われます(現在のところ10月15日の159例目が最終報告)。
今回の騒動が起こるまで、私を含めてほとんどの医療者にとって「デング熱は熱帯・亜熱帯地域の病気(最近は東南アジアや中南米で患者数が増加)」という認識でした。実際、近年では毎年200名前後の感染例が報告されていますが、すべて海外の流行地で感染し帰国した症例であり、日本国内で感染した症例は過去60年以上報告されていませんでした。突然の熱発で訪れた患者さんへの問診で海外渡航歴の有無は必須事項ですが、「渡航歴なし」であればデング熱は即除外していました。しかし、2013年8月日本に滞在したドイツ人旅行者が帰国後にデング熱を発症し、日本国内での感染が強く疑われていました(今回初めて知りました)。今回の報告例でも、当初は東京の代々木公園周辺に立ち寄った人だけでしたが、その後東京に行ったことのない症例も報告されています。また検査の結果から、複数のウイルスが関与していること、すなわち国内で多発的に発生している可能性が高いことが明らかになっています。これまで不明熱や風邪として自然に治癒している症例の中に、デング熱感染例がすでに少なからず含まれていたのではないか、もはやデング熱を特別な病気とは考えない方がいいという意見もあります。
今後、デング熱のみならず現在国内での発生はないとされている他の蚊媒介性の感染症(日本脳炎、マラリア、ウエストナイル熱、黄熱など)のリスクを避けるためには、ともかく蚊に刺されないことが最大の予防策となります。海外流行地に渡航する場合はもちろんのこと、国内でも、墓地、竹林の周辺、茂みのある公園や庭の木陰では蚊に刺されやすいので注意が必要です。長袖・長ズボンの着用に留意し、虫除けスプレーも積極的に使用しましょう。これまでは、「たかが蚊」と思っていましたが、これからは蚊に対する意識改革が必要かも知れません。と、エラそうに書きましたが、私は9月中旬に半袖・短パン姿で(もちろん虫除けスプレーはせずに)近くの公園で息子と久しぶりにサッカーボールを蹴っていました。その際私のベンゼマ並みの豪快なシュートが鉄棒のゴール枠を大きくはずれ(よくあることですが)、その先にある竹藪に飛び込んでいきました。やむなく竹藪の中でボールを必死に探し回っているときに足を見ると真っ黒になるくらいの蚊に襲われていました。蚊と格闘している最中にふとデング熱のことを思い出し、熱が出ないか一週間くらい誰にも言えず秘かに恐れていたことを告白します(ちなみにボールは見つかりませんでした)。このようなことのないように意識改革をしましょう!(ハイ!)