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(3)この10年
 先ほど述べたリクルートの開業セミナーの抄録を見ると、「現在開業して4年余りですがこれまでのところ開業の準備が最も大変でした」ということが書かれています。今の私が4年目の自分に声を掛けるとしたら「甘いな。もっと覚悟しとけよ」というところでしょうか。それこそここでは書けないような様々な出来事がありました。「患者さんにエネルギーを与えるためには自分が元気でなければならない」「しんどいときにしんどい顔をしないのがプロである」という気概で苦境を乗り越えてきたつもりです。多くのことを学び、「人生は修行である」ということを改めて噛みしめた10年でもありました。ここでは印象に残る出来事をいくつか思い出すままに記したいと思います。

1) ある勉強会での一場面
 開業してすぐにある製薬会社主催の糖尿病の勉強会に出席したときのことでした。これまで循環器疾患の勉強会では理事や世話人をしていたこともあり、製薬会社の担当者の方も顔馴染みでしたが、専門外である糖尿病の担当者の方は誰も私の顔を知りません。そのときに自分が開業医の中では新人であり、また一から力を付け世間に認めてもらわなければいけないのだということを改めて心に刻みました。若干の悔しさとともにこれから頑張ってやるぞというモチベーションの一つになり、その直後に東京での一泊二日の糖尿病セミナーに参加しました。その後は糖尿病の新薬の治験を2件依頼され、また糖尿病関係の勉強会でも何度か講演する機会を与えられるようになりました。

2) 荒野に一人立つ
 勤務医時代は大きな組織の一員であり、窮屈な面もありましたがある意味守られている部分もありました。しかし、開業すると当然ながら診療のみならずクリニックの経営、運営も全責任を負わねばならず、最終的に一人で立ち向かわねばなりません。そのことに気づいた時の心境は、まさに西部劇の一場面の様な荒野に一人で立っているイメージでした。始まったばかりでこれからどうなっていくのかを考えたときに、医者に限らずどの業界においても独立起業し、その事業を継続させていくことの大変さに思い至り、本当にやっていけるのか不安にかられたことを思い出します。

3) ローズクラブについて
 開業2年目にクリニックの隣に「ローズクラブ」を開設しました。当初のコンセプトは「生活習慣病患者さんの運動療法に対して最後まで責任を持つ」というものでした。どの医者でも「運動しなはれ」とは言いますが、実際にするかどうか、するにしても継続のモチベーションをどう持ってもらうか、あるいはその効果をどうフォローするかは医者の手を離れ患者さん任せになっています。すなわち、「運動しないとダメですよ」と言った時点であとの責任は患者さんにあり、医者にとってはその言葉が「ちゃんと指導した」という免罪符になってしまっているのではないかという思いがずっとありました。そこで、高齢者でもできる筋トレマシンや有酸素運動の器具を揃え、メディカルフィットネスと名付けたスポーツジムを立ち上げました。対象は基本的に通院中の生活習慣病患者さんで、体脂肪、内臓脂肪や全身の筋肉量の測定データを毎月の診察のなかで一緒に振り返ることでモチベーションを維持し、運動の効果をともに体感していこうとしました。しかし残念ながら経営的に成り立たず、惜しむ声も多数いただきましたが2年経たずに閉鎖に追い込まれました。
 しかし、コンセプトは今でも正しいと思っていますし、患者さんに「運動しましょう」と言った責任を患者さんと一緒に背負い、運動療法の効果を最後まで見届けたいという気持ちに変わりはありません。また、当初は生活習慣病との関連しか考えていませんでしたが、「いくつになっても筋力は鍛えられる」ということを知りました。入会当時80代後半で初めは一人で歩けなかった方が、運動を継続されることで杖をついて歩けるようになり、今では杖なしで歩いて元気に通院されています。他にも多くの高齢の方が元気に明るくなられる姿を目の当たりにし、運動の重要性とともに人間の能力の無限さを教えられたことがローズクラブから得られた最大の収穫でした。生活習慣病はもちろんのこと、超高齢社会の最大の課題である健康寿命をいかに伸ばすかの解決方法として、何歳になっても運動が貢献するものと確信しています。メディカルフィットネスについては捲土重来を果たしたいと思っています。

4) ご縁
 病院での私の外来診療は週に3日だけでした。しかも循環器科は3診も4診もありますから、初診の患者さんの診察を私が担当するのは本当に偶然であり、「この方とはご縁があるのだなあ」と感じていました。また、研修医が大学の医局人事により多くの病院の中から我々の病院に派遣されるというのもよく考えればすごい確率であり、不思議なことだと思います。すべからく人と人のつながりはご縁であり、これまでも「袖擦り合うも多生(他生)の縁」「一期一会」という言葉を大事にしてきました。そしてこの10年の間にも様々な出来事によってさらにその大切さを教えられています。
患者さんが多くの内科診療所がある中で当院を受診されるというのも、きっかけは色々でしょうがやはりご縁があるとしか言いようがありません。病院時代からお付き合いのあった患者さんが、開業当時あるいは開業して何年か経過してから橋本や河内長野、富田林などからわざわざ来ていただいています。また、勤務医時代に経過良好で診察を終了した患者さんが、その後何年か経って病院を受診された際に私が開業したことを聞かれ、その足でクリニックに来られたケースも少なからずあります。さらに、病院時代に診察していた患者さんがお亡くなりになった後にご家族がクリニックに通院されているケースもあります。病院時代は「国立病院の医長」という看板もあったかもしれません。しかし今は私個人を信頼してきていただいていると思うと、このご縁に応えられる人間であらねばならないという責任を感じ、身の引き締まる思いがしています。
 また、看護師さんが体調不良で急遽退職するという事態が起こり、一時は夜の診察に看護師さんがいないということがありました。病院時代に一緒に働いていた看護師さん達がその話を聞きつけ、交代で馳せ参じてくれたお蔭で危機を乗り切ることができました。その時々に与えられた場で一生懸命働いていたからこそいいご縁に恵まれたのだと思い知らされた出来事でした。何年も前の仲間への感謝とご恩を忘れることはありません。
 スタッフとのご縁もご紹介します。リハビリの春崎さんと受付の和田さんはほぼ開院当初から勤めています。リハビリリーダーとして責任感が強く患者さん思いの春崎さんは受付の女性と社内結婚されるご縁までありました。和田さんの穏やかで優しい人柄によりクリニックの雰囲気が和らぎ、患者さんのみならず我々スタッフにも安心感を与えてくれています。最近はリハビリのスタッフとしても一生懸命勉強し活躍しています。受付の森田さんは出産を機に一旦退職しましたがその後復帰しました。受付責任者としていつも問題点を拾い上げ、クリニックの質向上を考えてくれています。最年少スタッフである受付の松川さんは新卒で就職しました。その頃森田さん、春崎君の奥さん(旧姓大下さん)が出産準備のために相次いで退職し、新卒にもかかわらずいきなりリーダーになるという苦境を、素直さと賢さと度胸を発揮して見事に乗り切ってくれました。リハビリの徳原さんは当初はローズクラブ勤務で、閉鎖後クリニックスタッフに転身しました。よく勉強し的確な意見を述べてくれるとともに患者さん向けの体操教室にも貢献しています。看護師の窪田さんには忙しい身でありながら無理を言って助けてもらっています。はーとだよりの巻頭絵もお願いし、いつも数分で書き上げる凄腕の持ち主です。看護師の天野さんは子育てが一段落した仕事復帰の最初の場が当院でした。当初は不安一杯のようでしたが、今では落ち着いていつも優しく患者さんに接しており私の心が和むこともしばしばです。一番新しいスタッフである受付の池側さんは、患者さんと同じ目線を常に忘れずに患者さんに寄り添ってくれています。
 最後に伊藤看護師とのご縁を紹介します。彼女と知り合ったのは私が国立大阪南病院に赴任した20年前に遡り、当時循環器科の外来副師長でした。そこで一緒に仕事をした約3年間で信頼関係が築かれたのだと思います。その後、国立舞鶴病院の外来師長に栄転してからもたまに当時の仲間と一緒に食事に行っていました。ちなみに、私は当時全国国立病院の「最年少医長」だったそうですが、伊藤さんも「最年少看護師長」でした。師長を退職した後は、診療所、透析専門の一般病棟、療養型病棟、在宅訪問看護ステーションと看護師としてはほぼすべての職種を経験し、その間に糖尿病療養指導士やケアマネージャーの資格まで取得するというまさにスーパーナースです。開院時にも当然のように声を掛け、また上で述べた当院の看護師不足のときも相談をしましたがいずれもタイミングが合わず諦めていました。ところがそのすぐ後に、勤務先の訪問看護ステーションが統合閉鎖されることになり今後どうするか迷っているという連絡がありました。この機を逃さず一気にアプローチをした結果当院に迎えることができました。閉鎖の話も突然降って湧いたような話であり、奇跡ともいうべきご縁で繋がっているように感じました。「クリニックにお嫁に来るつもりで頑張ります」という言葉を聞いたときは、責任と覚悟に震える思いでした。その後の活躍は言うまでもありません。嫌な顔を一度もすることなく、朝早くから誰に対してもいつも笑顔で応対する伊藤さんには、他のスタッフと同様、心から感謝しています。

5) 氣と心
 私は開院後に合気道を始め今年で8年目になります。今年は三段の昇段審査が控えていますが、初段になり黒帯を締める責任感が生じた頃から武道関係の書物をよく読むようになりました。またその当時、肚をくくらないと乗り越えられないような問題を抱えており、どうしたら肚を作ることができるのかを模索している時期でもありました。空手の宇城憲治師範が主宰する宇城道塾(空手道場ではなく氣について学ぶセミナー)に月1回夜の診察を休診にして1年間通ったり、最近ではロシアの合気道とも呼ばれるシステマという格闘技も経験しました。また、極真空手の元全米チャンピオンの先生に身体の動きなどを教えていただく機会もあります。一方、精神的にも苦しい時期であったことから宗教に関心を持ち、実際に触れる機会もできて自分自身救われたと思えるような経験もしました。ちなみに、患者さんに教えていただきこの半年間で2回高野山に写経に行きました。武道も宗教もあるいは哲学も、覗けば覗くほど深遠な世界であるという事実が突き付けられるのみであり、私などが語れる筈もありません。ただ、それぞれの表現は異なっていても追求する真理は一つであり、心が一番大切だということに収束していくように思います。氣は人間が持っている一番純粋な部分、すなわち魂、心あるいは仏教でいう「阿頼耶識(あらやしき)」から起こるのではないかと解釈しています。つまり、本来誰もが氣を発したり感じることはできますが、心を磨かないでいると純粋さが失われ、いい氣を発することができなくなったり、氣を感じる感度が鈍っていくのだと思います。また、自分の魂の声が聞こえなくなると頭で考えることを優先する結果、地位や肩書に惑わされ本当に大事なものが見えなくなるようになってしまうのではないでしょうか(はーとだより10号をご参照ください)。心を磨くためには、常に謙虚な姿勢で、我欲や利己心を捨て、決して逃げないこと、そして自分が果たすべき役割を自覚し、迷った時はそこに立ち返ることが大切だと思います。その結果、肚ができ、肚が据わる様にもなるのではないかと考えています。これからも日々すべてが修行と心得、自分の魂を磨くことに努め、頭ではなく心で人と繋がっていきたいと思っています。診療の場では、一人一人をリスペクトし、正面から真摯に誠実に向き合うように努力していくつもりです。