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<はじめに>
 今年はいつまでも夏の暑さを引きずることなく、比較的秋らしい季節を体感できたような気がします。一方、大型台風が2週連続で週末に日本列島を襲った後はめっきり涼しくなり、晩秋から初冬へと季節は一気に進んでいるようです。
 さて、サッカーのブラジルW杯が終わって約4か月が経過しました。今さらW杯でもないだろうという声も聞こえてきそうですが、私の立場上語らない訳にはいきません(何の立場やネン!)。とは言え、新しい監督(メキシコ人のハビエル・アギーレ監督)を迎え新代表チームは来年1月にオーストラリアで開かれるアジアカップに向けてすでに始動しており、それこそ今さらW杯の日本代表について総括しても仕方ありません(尤も、毎回W杯が終わるたびに監督交代の話題により問題点をうやむやにしているように見える日本サッカー協会の体質はいかがなものかと思っています。今回もザッケローニ前監督をさっさとイタリアに帰してしまっており、詳細なレポートの提出はあったのか、あるのならオープンにして今後の日本サッカー界のために議論すべきです)。今回はW杯で私の印象にとくに残った2つのシーンについてお話ししたいと思います。

 一つ目はブラジル対クロアチアの開幕戦で、クロアチアのディフェンダーの選手がペナルティーエリア内でブラジルのフレッジ選手にホールディングの反則をしたことに対するPK(ペナルティーキック)のシーンです(色々と専門用語が出てきますが、意味不明な場合は診察室でお気軽にご質問ください)。このPKの笛を吹いた審判は日本人の西村雄一さんでした。西村氏が開幕戦の主審を担当することを知ったとき、日本代表が決勝戦に進むことと同じくらい凄いことであり、歴史的なことだと感動しました。ですから開幕戦は、サッカーそのものに対する興味とともに、西村さんが判定に関するトラブルなく何とか無事に試合を終えて欲しいと祈るような気持ちで観ていました(誰も頼んでいませんが)。後半24分にPKのホイッスルが鳴った瞬間の私の率直な感想は、「ウワッ、大丈夫か!?」というものでした。PKというものは両チームがともにすんなりと納得することはむしろ少なく、ましてやW杯開幕戦の地元ブラジルの試合で、なおかつ微妙なプレーであったのでこれは大変なことになると思いました。案の定、その後世界中で大騒ぎになり(PKを取っていなくてもそれはそれで大騒ぎになったと思いますが)、「この試合のMVPはネイマールか西村か選ぶのは難しい」といった皮肉は勿論のこと、西村氏がブラジル国内を移動中の空港でクロアチアのサポーターに囲まれるという脅迫まがいのことまで起こりました。FIFA(国際サッカー連盟)の審判部は「判定は適切である」と公式に表明していますが、騒ぎの大きさを考慮してその後の西村氏の主審担当試合がなかったことは残念でした。それでも、評価の低い審判団は次々と脱落し、敗退したチームと同様に大会から去らねばならない中、決勝戦まで待機していたことは彼の審判技術が高く評価されていたことの表れだと思っています。

 それにしても世界中が注目し(ちなみに2006年ドイツW杯のテレビ視聴者数は、世界214カ国・地域で延べ263億人、一方オリンピック2008北京大会の視聴者数は約47億人)、様々な思いが一瞬よぎり判断が鈍ってもおかしくない状況の中で、自分の仕事に対する技量と信念に従ってPKの判定を下したその勇気に対して身震いするような気持ちになりました。1854(安政元)年下田沖に停泊中のアメリカのペリー艦隊の船に乗り込もうとして失敗した下田踏海事件で吉田松陰が詠んだ、「世の人は よしあしごとも いはばいへ 賤(しず)が誠は 神ぞ知るらん」(世の中は私たちの行動に対して誉める人もあればけなす人もあるだろうが、言いたい人は何とでも言えばいいのです。私たちの心の中はただ神様だけがご存じなのですから)という和歌を思い出しました。今後の自分自身の人生において信念に基づいて生きることを改めて誓い、そのためには勇気が必要であることを教えられた場面でした。

 もう一つのシーンは、準々決勝のドイツ対フランス戦で大会最優秀GK(ゴールキーパー)に選ばれたドイツGKノイアー選手(バイエルンミュンヘン所属)が、後半ロスタイムにフランスFW(フォワード)ベンゼマ選手(レアルマドリー所属)の至近距離からの強烈なシュートをはじいた場面です。この場面スローVTRでみると、驚いたことにボールをはじく瞬間ノイアー選手が息を吐いているように見えるのです。皆さんがGKになったつもりで、眼の前にごっつい身体の選手(ちなみにベンゼマ選手は身長184p、体重80s)が今まさにこちらに向かって思いっきりボールを蹴ろうとしている瞬間を想像してみてください(想像できない場合は3m手前でダルビッシュ選手がこちらに向かって思い切りボールを投げてくる場面でも構いません。どっちにしても恐ろしい〜)。まずお尻を向けて逃げるでしょう(アカンアカン)。目をつぶるでしょう(これもアカン)。とっさに息を止めて構えるのではないでしょうか。人は緊張する場面では通常息を止めてしまいます。「息が詰まる」「息を殺す」「息つく暇もない」「息を凝らす」などすべて息が止まっていることを表す慣用句であり、息を止めるということは息を吸った状態で固まっていることになります。しかし、息を吸った状態で止めると肩が上がり上半身に力が入ってしまい、自由に動けない「居つく」という状態になっていることが分かります。また、へそ下にある丹田から上方に重心が移動してしまい身体が不安定になってしまいます(但し、私がこの4月から新たに学んでいるシステマというロシアの格闘技では、重心を胸のあたりに置き自由に動くことを重視しています)。

 本来人間は、オギャーと息を吐いてこの世に生を受け、最後は息を引き取る、すなわち吸って亡くなります。つまり呼吸というのはまず吐くことが基本になります。緊張した場面やイライラした場面では腹式呼吸で吐くことを意識することにより、自律神経における副交感神経が優位となりリラックスできるようになります。合気道やシステマにおいても力を抜き身体を柔らかく使うことが大切であり、そのためには呼吸、とくに息を吐くことの重要性を教えられます。この力を抜くというのは本当に難しく、いつになったらできるようになるのか私にはまだまだ先は見えてきません。しかし、ドイツ人のノイアー選手がある意味極限の緊張状況で息を吐いていた(ように見えた)ことは本当に驚きであり、思わず「息をとめて」繰り返しVTRを見てしまいました。武道と通じる呼吸法を行っているからこそ身体が瞬時に反応でき、スーパーセーブを連発できるのだと一人納得していました。          

 (院長)